伝説なんて、怖くない


     7



初夏の清々しい風が吹き渡る片田舎のとある里へ、
何の前触れもなく現れたのは、
どのお人もそりゃあ麗しい綺麗どころばかりというお嬢さんたち。
別々にいらしたものが現地で合流した格好で、都合5人ほど、
それぞれに個性的な、恐らくは都会住まいの方々だろうに、
特になんて見るものもない土地へ、何しに来なさったのかねぇ。
ああそうか、あのお人たちもアレが目当てか、
そんな蓮っ葉な方々には見えなかったけどねぇと。
後日になって合点がいってかそんな風に噂されよう、
あか抜けたご令嬢たちのご一行。
ぱっと見、年長さんたち三人と後輩さんたちが二人という取り合わせっぽく、
年長さんがたは口が達者か、
寄ると触ると険しいお顔になっての言い争いがすぐにも始まる相性みたいで、
それを残りの顔ぶれがどうどうどうと宥めるの繰り返しだったとか。
まま、お喋りも口喧嘩も、
等級にもよるが 女性にはありがちなコミュニケーションの一つでもあろう。

 「当然のことだろうけど、手元も足元も真っ暗だよねぇ。」
 「曲がりなりにも屋内だもの、仕方がなかろ。」

それでなくとも街灯すらなく、頭上に降るような星が見えたような土地なので、
屋根のある所はそのまま、鼻を摘ままれても判らぬだろう暗闇となるのも致し方なく。
ところどころ屋根も抜け落ちているよな廃校なれど、
基礎の作りがしっかりしているのだろう、
そんな穴ぼこも少ない方で、よって雨ざらしになっているらしい床や壁などの腐食も少なめ。
差し入る月光もほぼなく、垂れ込めるのは掴みどころのない闇ばかりとあって、
勝気そうでもそんな中でいきなり何かに飛びつかれるのは怖いか、
ついつい皆して ぎゅうぎゅうとくっつき合うよな態勢になっている。

 「やぁだ、足元に何か触るんだけど。」
 「雑草じゃないのか?」
 「それか、瓦礫だろうね。」
 「敦、気をつけなよ?」
 「はぁい。…きゃあ。」
 「おいおい。」

身を寄せ合いつつも引き返すつもりはないようで、
あまり広くは照らせない懐中電灯を3本ほど手にし、
じりじりとした摺り足で奥へ奥へと進んでゆく。
これがまんが作品だったなら、
一面ベタ塗りの中に吹き出しばかりという困った絵づらになってるものか。
(何らかの工夫をしろ、減点5)

 「痛いぞ、人虎。」
 「芥川こそ、爪立てないで。」
 「いや、それって…。」
 「…悪い、私だ。///////」

ああと察したような沈黙と小さめの含み笑いが立ったかと思えば、

 「ねえねえ、もしかしてだけど。」
 「何だ、太宰。」
 「蚊とか虫って暗いところに身を隠しているじゃあない。」

光に向かってくのもいなくはないけど、
大概は物陰にひそんでいるでしょう?と一人が口にし、
何だ何だ、何言い出すんだと身を縮める気配が強まる中、

 「さっきから足の甲とかにさわさわ触れてるのが、
  雑草だのゴミだのじゃあなく、クモやムカデだったらやだなぁと…。」
 「辞めてよ、あんたねぇっ。」
 「ムカデは辞めてください、太宰さん〜〜っ。」

今更、思いも拠らない方向からの不安材料を投じられたか、
ひゃあっと金切り声が飛び、それへか細い抗議の声も追随する。
ごめんごめんと、あんまり誠意はなさそうな謝辞が立ったが、
おっかないという想いが強くなったままか、
口数が減ってのごそごそという物音だけがしばらくほど続いたのもしょうがない。
そのうち、誰か何かへつまずいたか、ひゃあという声が立ったそのまま、
くすくす笑いが立ったその瞬間、

  がたんっという堅い物音がして、

 「きゃっ!」

短い笛の音のような声が立ち、
間違いなく悲鳴だったことへだろう、一気に空気がざわめき立つ。

 「え? 敦くん?」
 「敦っ?」
 「どうした?」

懐中電灯という頼りない光源が宙を覚束なく揺れて舞い、
仲間らの姿を照らしたが目的の存在が浮かび上がらないままなことへ揺れては、
壁や床を落ち着きなく引っ掻き回す。
不意に何かが起きたらしいには違いないのに、
飛び上がって駆け出しはせず足を止めたままだった、意外と冷静な彼女らだが、

 “まあ、この暗さの中では何が起きたか判る筈もあるまいよ。”

くくくと嗤ったのは、これまでもこの手で想定以上の攪乱を投げ込んでは、
みっともないほど狼狽する若いのの醜態へ腹を抱えてきた怪しい輩の仲間内。
本来はとある取引にとこんな寂れた土地を利用していたのだが、
不味いことには目撃され、しかも何だか妙な方向へ話がどんどんと膨らんで、
選りにも選って人を集める風評へ育ってしまい。
だったらだったでと噂を語る存在への“口封じ”を構えたが、
それがまた逆の効果を擁すばかりな困った現状。
そろそろ此処も見切るしかないかと思っていた矢先だったところへ、

 “見切るキリにはちょうどいいカモがやって来てくれたもんだ。”

ややこしい事態になってしまったため、
警戒を兼ね、噂話へは殊更耳をそばだてていた。
迷惑なことだよと他所から来る連中の話をする住人たちなのへ、
ここいらを管轄にする警察の動きなどなど拾えるんじゃあないかと、
雑貨屋や散髪屋などへ簡易なものながら盗聴器を仕掛けておいたのだが、
娯楽が少ないか、彼らなりの警戒からか、
他所から誰か来ればすぐさま話題になるようで。
そういった話をチェックしておれば、またもや何者かが来訪との気配。

  だがだが、

こたびのお嬢さんたちも例外ではなかったが、
意外なほどに ようよう取り沙汰されていたのが、
彼女らが いかに見目麗しい存在かというところ。
里の人らの交わす どんな話にも出て来て、しかも
どれほど品の良い、美人揃いのお嬢さんたちかと、誉めそやされてばかりいる。
女というのは不思議な生き物で、
美人だと実はきっと性根が悪いと言い立て、
胸が大きいときっと頭が悪いのだろうと蔑み、
愛想がよければ八方美人、
口数が少なけりゃあ 人を馬鹿にして何あれ感じ悪いなどなどと、
何とかして難癖をつけ、完璧な人など居はしないと、
誰へのそれだか言い訳をして溜飲を下げるところがあって。
ある意味、自己防衛っぽいあげつらいをするのが、
このような長閑な土地でも例外ではないはずが、
今回の彼女らに関しては 全くの一切、そういったこき下ろしが出て来ないものだから、

  どれほどの別嬪さんたちなのか、
  これはますますと興味が沸くねぇと

これが都会なら、雑踏に紛れてのすぐ傍まで近寄って話へも聞き耳立てられるが、
そうはいかないのが歯がゆい限り。
それでも そうまでの美人たちで、しかもしかもあらぬ噂に惹かれて
このような侘しい土地へ娘さんたちだけでやってくるよな浮かれた人性ならば、
恐らくは隙だらけで引っ掛けやすかろと。
アジトにしている訳ではないながら、足場としている廃校跡へ近づく存在へ、
彼らなりの警戒監察を敷いてた怪しい一団には、
ちょっかい出さずやり過ごすには惜しい格の“獲物”と見做されたらしい。

 「やあ、驚かせてしまったかな?」

5人全員を一緒くたに拉致するというのも手が掛かろうし、
怖がらせたほうが動きも凍って、どれほど勇ましい子であれ手玉に取りやすい。
そんな蓄積も得ていてのこと、ちょっと揺さぶって分断してやるかと、
これも最近の段取りのうち、ちょっとした仕掛けを発動させてみたらしく、

 「君らも、肝試しか何かのつもりで来たのだろう?
  いけないお嬢さんたちだねぇ。」

自力で歩けなくなるような怪我をさせるのは得策ではなかろと、
此処へ置き去られてあった走り高跳び用のマットレスを積み上げ、
其処へ落ちれば無事なようクッションとしてやっていて。
唐突に足元が消えてしまったそのまま落ちて来たお嬢さんが、
キョトンとして座り込んでいる。
淡い色合いの髪をした幼い面差しの少女で、確かアツシと呼ばれていた後輩組の方の子だ。

 「怪我はないかい? 怖がらなくていいよ?」

一人だけを落としたのだ、しかも何が起きたか判らず恐怖に身をすくませている。
目許を細めているのは、
それほど強い光でもないがランタン型の明かりを置いてあることへ
視野がくらみでもしているものか。
これなら手もなく捕まえられようとの余裕から
ほくそ笑みつつゆっくりと、
怯え切った獲物へ歩み寄りかかった一味の一人だったが、

 「…人虎。」

これは思わぬ乱入、どこからかそんな声がし、
しかも、頭上からガタゴトどたたと、何やら賑やかしい物音が立って。
は?とか、え?とかいう不意を衝かれたような無様な顔になった輩を尻目に、
ひょこりと立ち上がった銀髪の少女、やはり頭上を見上げると、
ふわりとそれはいいお顔で微笑んだ。

 「芥川。」

いかにも無邪気な安堵の表情なのを見るにつけ、
まさかとは思うが こんなまでの即断で何が起きたか把握され、
可及的速やかに迎えが来たのなら 何て手際のよさかと、
此処まではいつもの体だと余裕でいた一味の男が愕然とする。
とはいえ、

 “いやいや、待て待て。”

絡繰りが見抜かれても動じるには早いと、
だったらその迎えも共に搦めとってやるべえと辺りをせわしなく見回しておれば、
なぜだか自分の頭上だけを見上げていた敦嬢、
わぁいと文字通り諸手を挙げて見せた先からするするっと伸びて来たのが
何やら怪しい、文字通りの真っ黒な“影”だったものだから、

 「……はい?」

え?何なに、此処って本当に心霊現象が起きるスポットだったのか?と、
背条が凍ったそのまま、総身が震え出していたほどに
早くも逆に翻弄されておいでの、気の毒なお兄さんだったりするのである。




to be continued.(18.06.15.〜)




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 *何が何やらな展開ですみません。
  怪しい輩の面々の側が振り回されております。
  こんな場ですが、W杯第2戦、同点引き分けは惜しかったなぁ。
  (集中しろ〜。)